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2006年5月20日(土曜日)

遺言書その2

カテゴリー: - fujitasougou @ 11時54分36秒

 遺言についてもう一つ。

 以前、子宮ガン末期の女性から頼まれて、公正証書遺言の立会人になったことである。病院に寝たきりの状態だったので、公証人に病院まで行ってもらい、病室で作成したのだった。内容は、遺産は三人の子どものうち二男と三男に分けて、長男には何もやらない、というものだった。

 ところが、この女性、遺言をした翌日に死亡してしまった。

 当然、長男からクレームが出た。

 弁護士がついて、遺書無効の訴が起こされた。

 しかし、公証人が法廷で、「私が名前を確認して、きちんと住所や生年月日も言ってもらいました。前もってもらってあった住民票や戸籍謄本と食い違いはありませんでした。ずいぶん弱っていた状態ではありましたが、意識は鮮明で『お手数かけてすみません。おかげ様でこれで安心してあの世に行けます』とあいさつされました」と証言してくれた。

 もし、これが自筆証書遺言だったら、きっと本人が書いたものではない、とか、意思能力がない状態だった、とかいろいろ問題になっただろう。

 つくづく公正証書にしておいてよかった、しかも、間に合ってよかった、と思った。


2006年5月10日(水曜日)

遺言書その1

カテゴリー: - fujitasougou @ 11時51分58秒

 A子は、常日頃父親から、「お前には世話になった。私の名義のこの土地・建物も銀行預金もすべてお前にやる。長男は、父親である私をさんざん侮辱して出て行ったのだから、あんな奴にはビタ一文やらん」と言われていた。

 実際、長男(A子の弟)は、「親父、さっさとくたばれ」と口汚くののしり、彼女を見つけるとさっさと家を出て同棲し、それからは一回も家に寄りつかなかった。

 母親は、A子が未だ高校生の時に亡くなり、それ以来A子は、三十年間家事を一手に引き受け、弟の面倒をみて、定年退職後身体が不自由になった父親の介護をし、婚期も逸して父親と二人暮らしをしているのだった。

 A子は、父親に口で言っているだけではダメだから遺言書を書いてくれるように頼み、父親も一生懸命遺言に関する本を読んで、自筆証書遺言よりは公正証書遺言の方が内容や成立に問題がないこと、また、長男に対しては廃除するという意思表示を遺言に盛り込めること等勉強し、公証人に電話で予約を取って戸籍謄本や不動産登記簿謄本など必要な書類を取り揃えていたのだった。

 ところが、まさに明日公証人の所に行くことになっていたその前日、A子の父親は脳梗塞で倒れ、そのまま意識が戻ることなく、帰らぬ人となってしまったのであった。

 生前父親が、いくら「すべてはお前にやる」と言っていたとしても、何も書いたものとしては残っていない、父親が取り寄せたいろいろな必要書類や公証人との電話のやりとりのメモなど何の役にも立たない。遺言書として残していなければ、父親の遺産は二人の子どもが、原則二分の一ずつ分けることになるのである。

 A子の悔しさ、依頼を受けた私は、せいぜいA子が父親の介護を長年してきたことを主張して、寄与分の主張をするつもりだが、それでも遺産の大半をA子が取ることは難しいだろう。

 公正証書作成には、いろいろな書類が必要で、それを揃えるのに時間がかかったり、なかなか公証人との約束がとりつけられなかったりすることはしばしばある。しかし、その間に遺言者が死んでしまっては、本人も悔やんでも悔やみ切れないだろう。

 方策としては、とりあえず、自筆で遺言書を書いておくことだ。「全財産を長女にやる、長男は父親を侮辱したので廃除する」と書いておきさえすれば、長男が争ったとしても、公正証書でなくても筆跡から父親のものと判断される可能性は大きい。仮に、廃除が認められなくても、長男は四分の一だけの遺留分しか認められず、長女が四分の三取れるのだ。

 遺書があるとないとでは大違いだ。手遅れにならないように、とりあえず自筆で書いておくこと、これが肝要だ。


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