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2007年12月20日(木曜日)

12月20日

カテゴリー: - fujitasougou @ 04時19分51秒

 アメリカの九・一一事件以降、テロ対策と称していろいろな所で監視・規制が厳しくなっている。

 先日、ニューヨークへ遊びに行った友人がこぼしていた。入・出国手続のチェックが厳しく、カバンの中を綿密に調べられたり、靴も脱いで調べられたり、そのせいで通関の時間も大幅にかかるので長蛇の列ができて大変だ、と。

 ただ時間がかかる、というだけならまだ我慢もできる。しかしながら、「安全・安心まちづくり条例」や「生活安全条例」の広がりによって市民生活の警察による監視あるいはその可能性が強まっている。
 住民相互監視の結果としての個人の生活情報や監視カメラのデータを警察がほとんど無制限に取得する現実的可能性が生まれている。
 法制上の動きをみると、まず二〇〇三年三月の通常国会に提案されて以降、政府が成立に執着し続ける組織的犯罪処罰法改正案があり、いま「共謀罪」の名称を「テロ等謀議罪」に変更して成立を図ろうとしている。

 犯罪収益の移転防止、マネーロンダリング対策が目的であるとされる、いわゆるゲートキーパー法は、それまで金融機関に課していた疑わしい取引の届出義務をリース、クレジット、不動産取引に拡大し、届出先を「警察庁」に定めた。

 外国人の出入国や在留管理についてみると、入管法の改正(二〇〇六年五月等)、雇用対策法の改正(二〇〇七年五月)によって、国家が、指紋情報、顔貎情報をデータベース化すること、また事業主に申告させた就職・離職の情報を含む個人情報を一元的に管理・利用すること及びそれらの情報を他の国の保管情報と交換することが可能となっている。

 これらの動きは憲法で守られている言論の自由、思想・良心の自由、プライヴァシーの権利等が侵害されるのではないかという問題意識で、先日日弁連の人権大会シンポジウムが開催され、私も出席したが、私たちの生活が日常的に監視・規制されるようになった近未来の想定劇もなかなか面白く、そして改めて「安全」と「自由の放棄」の関連について考えさせられ、有意義であった。


2007年12月10日(月曜日)

12月10日

カテゴリー: - fujitasougou @ 04時15分05秒

 メール交信が基でのトラブルが多い。

 メールでは、相手の表情も声色も分からず、言葉だけが過大な意味を帯びる。 

A子は、ちょっとした夫への不満をメールで見ず知らずのB夫に告げるうち、B夫からの優しい、しかも、表現力豊かな慰めの言葉にだんだんハマって、一日に何度も交信し、ついにはB夫への思慕の情が高まって、是非会いたいと思うようになった。

 B夫は、こうして何人もの人妻と不貞の関係を持っていたのだった。

 A子の夫は、A子の携帯電話からこの事実を知り、妻を責めたところ、A子は、やっと目が覚め、自分の愚かさを嫌という程思い知ることになるが、A子がいくら謝っても、夫のわだかまりは消えない。

 以後、いつもA子は行動を監視され、何かにつけて嫌みを言われ、いたたまれない気持ちで、A子の方からむしろ離婚の話を切り出したが、夫は、未だ子どもが幼いからという理由で離婚には応じない。

 A子から離婚の調停を出してくれと依頼されたが、自ら不貞を行って離婚を請求することは難しく、離婚が成立しないとA子はいつまで針のムシロに座り続けていくのだろうか。

 いわゆる「2チャンネル」で自分の名誉を毀損された、という相談も多く、あまりにもひどい事例で告訴している事件もあるが、加害者の特定が困難で捜査が難航している。

 今、女子高生らの間で、「ブログ」が流行していると聞く。

 自分の写真、名前、年齢や趣味など自分をアピールする内容を書き込んだ携帯電話の個人ホームページである。メールでも顔の見える交際を、という要請かもしれないが、詳しい個人情報記入で仲間内のトラブルや、第三者に個人情報が渡る危険はないのだろうか。

 ひと昔前の、いわゆる「文通」をも懸念していた私には不安なことばかりだ。


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