A男は、中学校の教員であるが、同僚で人妻であるB子と、放課後いろいろ進学指導などについて相談し合ううち、不貞の関係となった。それがB子の夫の知れて、夫の依頼した弁護士からA男宛に通知書が届き、慰藉料五〇〇万円を払えとある。
A男の代理人を私が引き受けた。
A男は、「五〇〇万円の慰藉料は法外と思うが、裁判になって学校に迷惑をかけたくないから、言われたとおり五〇〇万円を支払うつもりだ」と言うので、早速私からB子の夫の弁護士宛その旨を伝えたところ、B子の夫は、さらに、今後一切二人だけで会ったり、連絡を取ったりしないと誓約することを求めてきた。
それは不可能であった。
A男は、仕事上B子と二人で会ったり、連絡したりすることは必要であり、そこまでの約束はできないということであった。
さらに、B子は、横暴で暴力を振るう夫とは別れたいと言っており、A男は、五〇〇万円支払うかわりに、今後二人の関係については一切不問にしてほしいという希望であった。
条件が合意できないうちに、B子の夫からB子に対し、離婚調停の申立がなされた。妻と離婚する意思なら、B子とA男の今後の関係を不問にしてもいいではないか、と私も思うものの、B子の夫は、五〇〇万円という金額よりもA男を困らせることが目的のようだ。
五〇〇万円というお金が宙に浮いてしまっている。人によってはとても大きなお金なのに。
別の事件の話になるが、C男は、中学生の息子が四人の中学生から金をせびられ、こもごも殴る・蹴るの暴力をふるわれたことを許せないと息まいて、私の事務所に来た。
早速私は、四人の中学生を傷害罪で告訴し、それぞれの親に治療費や慰藉料など約一五〇万円の請求をした。
四人の少年は、程なく逮捕され、調べを受けることになった。少年の親から一五〇万円を支払うので、かわりに少年を宥恕するという嘆願書を書いてほしいと言われた。
私は、請求金額全額を支払ってくれることだし、嘆願書を書くことをC男に勧めたが、C男は、それは絶対したくないと断った。少年の親も、それなら一五〇万円は払えないという。
ここでも一五〇万円が宙に浮いてしまった。
依頼者にとっては、お金にはかえられない大切なこだわりがあるのかもしれない。