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2018年5月20日(日曜日)

5月20日

カテゴリー: - fujitasougou @ 13時08分32秒

 A子は結婚し、夫の転勤に従って九州に行ったが、夫の暴言に耐えられず、1歳の子どもを連れて仙台の実家に戻って来た。もう離婚するしかないと考え、夫に離婚と子どもの親権者・養育費、そして財産分与を請求する手紙を出したところ、夫からの返事は、離婚と親権については同意するが、一切お金は払わないというものであった。

 A子が主張するのは、結婚祝いや出産祝いでもらったお金すべてを夫名義の預金にして合計200万円位あるので、半分の100万円は払って欲しいというもので、私は、ごく当然の権利主張だと思えた。また、養育費も当然請求できるし、養育費の金額は、夫の収入と子どもの年齢からして算定表によると月4万円は下らないので、A子から依頼を受けた私からも、夫に対し、その旨請求する手紙を出した。
 そうしたところ、夫にも弁護士がつき、解決金30万円なら払う、養育費は月1万円なら払うという回答が来た。そんな内容で合意はできないとこちらの請求の正当性を訴えて交渉したが、夫の方は、これ以上払う気はないと強気だ。

 夫の方が強気なのには訳がある。
 当事者同士の話し合いがうまくいかない場合は、家庭裁判所に調停申立をすることになるが、これは基本的に相手方の住所地を管轄する家庭裁判所に申立しなければならない。相手方は、それがわかっているから、どうぞ調停を申し立てて下さいと強気なのだ。
 
 A子は、仙台に住んでいるので仙台の弁護士を依頼したい、でも、調停の期日は九州まで行かねばならないことから、その費用と時間をかけるくらいなら不本意ながら夫の申出に従おうと言い出すのを、夫が待っている様子がありありとわかる。だから、なおさらA子は屈したくないのだ。


2018年5月10日(木曜日)

5月10日

カテゴリー: - fujitasougou @ 13時07分10秒

 憲法九条を改正するか否か、改正するとしたらその内容はどうするか。

 この問題は、政治家や憲法学者だけでなく、私たち国民一人一人も考えなければならない。

 というのは、憲法96条1項に「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と規定されているからである。国会が、憲法改正の発議をし国民に提案したら、国民はそれを承認するかどうかを決定をすることになる。国民は何をもとに意思決定すればよいのか、それは時の政治家や官僚の意見ではなく、日本国憲法の趣旨、すなわち前文に思いを致すべきであると思う。

 前文は、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」とある。何と崇高な格調高い文章であろうか。

 そんな理想ばかりいっていて、国が滅びたら何もならないではないかという意見をよく聞く。しかし、そもそもどんな国家をイメージしているのか。意見の違いを力で解決し、他を排除して自国の利益だけを優先する国、徴兵制、つまり国民を強制的に兵役につかせることにし、場合によっては特攻隊員として死地に臨まなければならないというような戦前のような国、それでも良いのか。というのが私の反論である。


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