ログイン  |  新規登録
メインメニュー
カレンダー
2010年 3月
« 2月   4月 »
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  
最近の投稿
月別過去ログ
カテゴリ一覧
検索

2010年3月20日(土曜日)

3月20日

カテゴリー: - fujitasougou @ 04時35分37秒

 ジェンダー法学会に出席した。

 講演があり、講師は、セクハラ、ドメスティックバイオレンスの事件で活躍している女性弁護士だ。

 今日のテーマは、「裁判員裁判と性暴力犯罪被害者」で、被害者のプライバシー保護と被告人の公平な裁判を受ける権利、といった難しい問題が提起された。

 先頃報道された青森の性犯罪裁判で、裁判員からは「犯行場面の調査の朗読が露骨すぎる」と批判されたが、それでは傍聴人には、見えない・聞こえない証拠調べがよいのだろうか。被告人は、証拠調べから排除されてよいのだろうか。

 以前、私は、先輩弁護士から次のような話を聞いたことがある。

 女友達を殺害した被告人は、「どうせ俺も執行猶予だろう」と嘯いていたという。直前に、障害のある子どもを殺した母親が執行猶予の判決だったからだ。そこで、先輩弁護士は、被告人に、自分のやったことを自覚させるために、証拠調べを省略せずに、証人も出廷を求めて詳細に審理を進めていった。

 遺族が涙ながらに、亡くなった被害者がどんなに将来に夢を抱いていたかなど証言するのを聞くうち、被告人は、だんだん自分の犯した罪の重さを自覚し、ようやく反省するようになったという。

 被告人が、犯罪を争っておらず、認めているからといって、簡便な証拠調べをすることはよくない。裁判の場できちっと犯行を再現することによって、被告人に反省と更正の機会を与えるのだ、といった先輩弁護士の言葉に、私は感銘を受けた。

 性犯罪についても、同じように考えるべきなのだろうか。


TrackBacks

このコメントのRSS

この投稿には、まだコメントが付いていません

コメント

ごめんなさい、現在コメントを付けることは出来ません

22 queries. 0.073 sec.
Powered by WordPress Module based on WordPress ME & WordPress