ログイン  |  新規登録
メインメニュー
カレンダー
2010年 5月
« 4月   6月 »
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  
最近の投稿

 rss
 atom
月別過去ログ
カテゴリ一覧
検索

2010年5月20日(木曜日)

5月20日

カテゴリー: - fujitasougou @ 02時45分14秒

 私の父は、裁判官だったから、ほぼ三年毎に転勤していた。

 私は、小学校だけでも四つ変わった。昔は、今みたいな便利な引越業者がいなかったから、両親がいちいち梱包していた。大事な皿や茶碗は割れないように、新聞紙を細く切ってぬらして、それを放射状に貼り付けた。私も随分その手伝いをさせられたものだ。特に困ったのは、広い官舎から狭い官舎に移る時で、新しい官舎の間取り図の上に、家具を同じ縮尺にして切ったものをあっちに置いたり、こっちに置いたりして、置き場所に苦労していた母の姿を思い出す。

 私が、裁判官ではなくて弁護士になったのは、この引越のわずらわしさも一つの理由である。

 しかし、この春、私は二つの引越をした。

 一つは、六年間努めた東北大学の教授を辞めたので、教授室から本や冷蔵庫などの引越し、もう一つは、七年半単身赴任をしていた夫の、東京の官舎からの引越し。

 私も、東京へ年の三分の一から四分の一は行って生活していたので、衣類や身のまわり品がたまって相当の量になっていた。それでも、引越業者が手際よく梱包して送り出してくれ、あまり苦労はしなかったが、大変なのは荷物が着いた後の整理である。

 やれやれ、これでもう死ぬまで引越はあるまい、とホッとして言うと、娘に言われた。

 「もう一回、老人ホームへの引越があるんじゃない?」


TrackBacks

このコメントのRSS

この投稿には、まだコメントが付いていません

コメント

ごめんなさい、現在コメントを付けることは出来ません

22 queries. 0.076 sec.
Powered by WordPress Module based on WordPress ME & WordPress