1月20日
大学の恩師が急に亡くなってから一年経つ。
恩師は、著名な民法学者で、現職を退いた後も執筆活動を続けておられた。
新しい視点からの親族法をほぼ脱稿し、机上の原稿の上に眼鏡と訂正用の短い赤鉛筆を置いたまま、この続きを始める姿を彷彿とさせる形で緊急入院し、二週間弱の後、心不全で亡くなったと聞いた。
訃報に接したのは東京にいた時だったが、急遽帰仙し、葬式で弔辞を読んだ私は涙が止まらなかった。
先生ご夫妻には、子どもがいなかったこともあり、我が子のようにかわいがっていただいた。
夫との実質的仲人でもあるし、私達に長男が生まれた時に百日目(地方によっては百十日・百二十日)のお喰い初めの時には、祖父母の代役でご飯粒を長男の口に入れる、という儀式をしていただいた。
本を山のように積み重ねてある書斎から、和服姿の先生が目を細めて出てこられ、「来たか、来たか」とにこにこ話しかけて下さったお姿が懐かしく思い出される。
でも、長患いして亡くなった後、入院中のお姿しか思い浮かばないより、元気なお姿のままポックリ亡くなられた方が、良い思い出ばかり残りますね、と慰めたつもりの言葉に、奥様は「配偶者の場合は別、ああもしてあげれば、こうもしてあげればよかったと、諦めがつかない。
生前、夫婦一緒に行った所にはつらくて行けない」と、おっしゃっていた。
本当に仲睦まじいご夫婦でいらしたのだ、と改めて思った。
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